言葉の綿毛が空を舞うことを教えてくれた人
黄金頭さんのブログが好きだ。
朝、出かける前にブログでも書くかーと思ってPCを開いてみた。さて何を書くかな、ウルティマⅥのゲームメモが溜まっているから、まずはプレイ日記を書かなければ、などと思いながらブログの管理画面を閲覧していたら、購読しているブログがふと目に入った。どうやら新しい記事が更新されたらしい。
タイトルは、「「インドの青鬼」ありがとうございます!」
何じゃインドの青鬼って。青鬼はフリーゲームで一躍有名になった怪物、ブルーベリー頭の青鬼しか知らんぞ。ついついブログを書くのを放ってアクセス。読みふけってしまった。
「インドの青鬼」というビールを読者の方からいただいたことに触れた、日記であった。興味深く拝読しているうちに、あぁ、好きなブロガーさんのことを自分のブログに書こうと思い、今に至る。
わたしが購読している「関内関外日記」は、黄金頭さんという方が運営されているブログだ。「日記」とあるように、黄金頭さんが日々感じたこと、興味深く思っていることが綴られている日記形式のブログだ。
このブログを知ったのは、今年に入ってから。かなり最近の話になる。もっと詳細に言うと、わたしがブログを、bloggerからはてなブログへ移行したころである。
実は移転のきっかけも、彼*1がはてなブログへ寄稿したエントリーがきっかけだったりする。
bloggerで書いていた文章にどことなく違和感があるのに、収益ばっか気になって。でもGoogleアドセンスに落ちまくって、自分は何を表現したいんだ、とモヤモヤしていたとき。Googleで「ブログ 書くということ」という、曖昧な言葉で検索をかけたところ、この記事に辿りついたのだ。
黄金頭さんの文章を読み、そうそう、昔からはてなブログのこういう雰囲気が好きだったんだよな、としみじみ実感したのだ。
「はてなブログの雰囲気」と一言で言っても、言語化がちょっと難しい。わたしの拙いイメージで説明すると、どこかラジオのような身内感がある。傍らでお喋りを聴いているような描写力がある。主の熱弁を聴いているうちに、いつの間にか世界観に引き込まれてしまう。わたしたち読者より先に、ブログ主の個が際立つ。わたしにとってのはてなブログは、そんな立ち位置だったように思える。
あぁ、わたしもそんな文章を書きたい。拙くていいから、熱弁を振るいたい。bloggerを終着駅にしたいと思っていたにも関わらず、憧れに突き動かされて今に至る。
「ブログしかない人間は言葉を研ぐしかない」
と記事内で彼は語る。研ぎ続けることで、言葉が届く場所があるという。
そんなこと、研ぎ続けた人間しか口に出来ないじゃないか。ブログを始めてちょっとしかたってない若輩者の数千の言葉より、この一言が何倍も重い。憧れるよそりゃ、こんなこと言われたら、文章を書きたいと思うじゃないか。わたしの言葉でも思わぬところにたどり着けるかも、なんて夢見たりするじゃないか。
自分にはブログしかない、とは正直思えないけどさ。ブログは楽しい、言葉の表現は楽しい、面白い。わたしなりの世界が紡がれて、たまに誰かが共感してくれる。嬉しいことだ。
はてなブログ、黄金頭さんありがとう。
はてなブログに移ってこれてよかった。彼のブログに会えてよかった。
双方が存在しなかったら、今のわたしの生き方はなかった。今、双方が生み出した言葉がわたしという庭に届いている。
単なるサイレントファンとして*2、届いた言葉を大切に庭に埋め、水をやり、小さな花でも咲かせてやれたらと思う。花の綿毛が空を舞ったら、それはそれは綺麗だろうな。
ブログを長く続けた先に、そんな景色が拝めることをちょっとだけ期待しつつ、今日も文章を書く。言葉の刃、研ぎ続けるよ。