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冗長な戯言(たわごと)をつらつらと

TRPGの感想戦と心の切り替え

棋士羽生善治さんがTwitterを始められたので、微笑ましく拝見している。今朝こんなツイートを読んだ。ボクシング選手・村田諒太選手との対談がおさめられた記事だ。

 

 

対談内容で気になる内容があったので引用すると、

 

羽生 

プロ棋士はたくさん対局をするので、切り替えが大事。負けてもすぐに忘れる。気にしない。もちろん、将棋はセオリーを覚える意味で記憶力が大事なんですけど、
メンタル面でいえば記憶力は良い要素ではない。(略)

村田
反省と検証のタイミングも考えているんですか?

羽生
将棋は対局後、ここが良かった悪かったと言い合う感想戦というものがあって、一時間くらい検証をやるんです。そこでやった後、もう一回自分で次の日に振り返って、完結です。

村田
それは、早めの解決が必要ということですか。

羽生
自分なりに無理やりにでも結論づけちゃって、次に進むということが大事だと思っています。

 

先日わたしも感想戦をする機会があった。友人と1対1で遊んだエモクロアTRPGのセッション後2時間近く、ゲーム中の行動や選択について話し合った。

物語内容はネタバレになるので詳しく語らないが、遊んだのは以前ブログで書いた「ヒトの心を識る君は」に続くシナリオ。怪異に触れ、自身の有り方を問われる瞬間がある。

 

友人うとうさんのシナリオを紹介した記事はこちら↓

clton.hatenablog.jp

 

セッション後、どうも後味の悪さが残った。確かに誰もかれもがハッピーエンドなエンディングにはたどり着けなかった。しかしやるべきことはやった。TRPGは往々にして、演じたキャラが亡くなることが多いが、今回はきちんと生き残った。それなのになぜ気持ちがモヤモヤするのか、しっくりこないのか。その理由は感想戦で見えてきた。

 

感想を言い合っている中で、わたしは最も印象的なシーンは何かと思い返した。頭に思い浮かんだのは劇的なラストでも、主要人物との交流でもなく、中途に登場するとある端役の姿。彼は幕間に登場するだけの存在だ、そして気づいた。わたしが物語中にある決断をしたことにより、彼に関して、自分自身の価値観を手放してしまったのだ。(ネタバレ防止で非常に曖昧な表現で申し訳ない)

 

TRPGにおいて、わたしは基本的に「現実世界の自分が納得しない選択肢は取らない」ことが多い。自身の感情をキャラクターに投影し、ロールプレイする。現実世界のわたしがとらない行動を「ゲーム的に面白そうだから」という理由で、TRPGのキャラに演じさせるのが得意ではないのだ。

しかし今回に限っては違った。それに気づいたのは随分後になってからで、物語中ではもう取返しがつかなかった。ひどく悔しかった。あぁ、ゲームでよかった。

 

何が一番恐ろしいって、プレイ後すぐさま感想戦をしなかったら「価値観の放棄」に気が付けなかった点だ。プレイ中は「自分がやるべきことはやった、これでいいはずだ」という自負すらあった。とんでもない勘違いなのに、盲目的になる瞬間が確かにあるのを、そのセッションは教えてくれたと思う。非常に、いい体験だった。繰り返すが、本当にゲームでよかった。みんなも遊んでほしい。

 

羽生さんが「切り替え」の重要性を語っているが、切り替えるためにも、どこに問題があったのか、また、何がよかったのか、詳らかにする時間が必要だと感じる。喉にひっかかる小骨をそのままにしてはいけない。

わたしは2時間の感想戦、そしてこのブログで振り返りをして、切り替えを完了した。よし、次のセッションも楽しむぞ。